10月20日

目が覚めると

ベッドのランプが点いていて

ソファに

かなでが横になっているから

 

風邪をひいたら

かわいそうだから

声を掛けた

 

すごい勢いで身体を起こし

"みおちゃん?みおちゃん?"って

言いながら

ナースコールを鳴らす

 

あっという間に

ドクターがやってきて

いろいろチェックされ

とりあえず大丈夫ですって

戻っていった

 

かなでは泣いている

おとうさんも息を切らして

入ってくる

 

どうやら

わたしは記憶がある日から

ふたつも先の曜日まで

寝ていたみたいだ

 

ふたりの様子を見て

居た堪れないキモチになる

 

この先

決して長くないにしても

何回も

こんな思いをさせるのか

 

わたしの孤独を薄める

心強さの代償が

哀しみに繋がるのが

 

つらくて仕方ない

 

今日は

ずっと雨だったらしい

 

"空が泣く

あなたが笑えるように"

 

と誰かが歌ったように

 

この雨が

私の代わりに

泣いてくれているならば

 

わたしは

笑わなきゃ

笑ってなきゃ

 

お別れの日まで

できる限り

 

のどが渇いた

 

フレーバーティー

ストローで飲む

 

生きている

 

こんなコトでも

明確に感じる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月10日

昨日の夕方

わたしは

病室に戻った

 

ベリーが

玄関に座り

こちらを見ている姿が

 

哀しかった

 

また

帰れるのかな

帰りたいな

 

泣いても

気づかれないから

安心する

 

今日は

午前中に

診察を受ける

 

もう4割くらいしか

動いていない

胸の時計は

予定通りであることを

知らせる

 

あと何回

このアナウンスを

聴かなくちゃいけないんだろう

 

こうなることを

わかっていたはずなのに

 

少しこわい

 

夕方

おとうさんが

面会に来た

 

また

いちごを買ってきた

 

かなでに

好物でもこんなに毎回じゃ

イヤになっちゃうよって

言われて

ショボンとしてる

 

わたしは

おとうさんの

買ってきたいちごを

必ず

3つぶ食べて

 

美味しかったって

直接言う事にしてる

 

おとうさんが

すごくうれしそうにする

 

その顔が

わたしは大好きだ

 

残りは

かなでと

お腹の中の子が

食べてくれた

 

そして

そのたびに

幼い頃

かなでとふたりで食べた

いちごの事を

思い出して

笑ってしまう

 

おばあちゃまが

いちごが無くなったら

買ってきてあげるって

言うのを

 

こどもながら解釈して

ふたりで

パック2つを

いっぺんに食べた

 

無理矢理食べて

お腹が痛くなったけど

そんな事を言ったら

絶対怒られるから

我慢していた

 

けれど

辛抱できなくて

ふたりして

わんわん泣いて

おばあちゃまを困らせた

 

クスクス笑うわたしをみて

また思い出して笑ったでしょ?と

少し

ふてくされて見せるかなでは

本当にキレイで

 

わたしの分まで

ずっと

幸せでいて欲しいと思う

 

 

 

 

 

 

10月8日

昨夜は

自分のベッドで休んだ

 

帰宅してから

ベリーは

なかなか近づかなかったけど

寝る頃になって

ベッドに上がってきた

 

柔らかい身体をなでる

喉の音が心地よい

シッポを

手に軽く巻きつけてくる

 

お薬のせいもあって

眠りに落ちるのは

あっという間だった

 

目覚めると

日課

セルフチェックをする

 

やはり自宅でも

食欲は湧かないけど

 

クッキーと

フレーバーティー

摂る

 

ソファーで

ゆっくり

過ごそうとしていたら

 

かなでが

お風呂に入れてくれるという

 

ひとりで入りたい

 

その要望は

聞き届けられず

湯槽にお湯を溜め

一緒に入る

 

腕や胸に残る

注射痕を見られたくなかった

 

ただ

お気に入りの

ボディシャンプー

シャンプーとトリートメントが

 

気持ちを高揚させた

 

お部屋のタンスから

出した衣類は

どれもブカブカ

見事に合わなくなっていた

 

かなでが

お部屋のドレッサーが

素敵だと

褒めてくれる

 

あげるって言ったら

 

みおちゃんは

すぐ人にあげたがるって

たしなめられた

 

髪を乾かし

とかしてくれる

うれしかった

 

なんて

穏やかな日だろう

 

おとうさんも

かなでも

ずっと一緒にいる

 

ベリーは

動く先

動く先

ついてきては

近くに居てくれる

 

贅沢に思う

 

明日

病院に帰る事が

つらい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月7日

今日は一時帰宅になった

 

だから

これからは

コレを

日記代わりに

しようと思う

 

わたしのせいで

 

かなでは

妊婦なのに

朝から忙しない

 

だけど

お腹の子の為に

少しは静かにして欲しい

 

わたしの世話の為に

この子に

障るようなコトがあれば

死んでも

死にきれない

 

昼過ぎに

おとうさんは

タクシーで迎えに来た

 

ウチまでの石畳みの坂を

歩いて帰りたくて

途中で

かなでをタクシーに残し

おとうさんと

ふたりで

降りた

 

短い距離なのに

少しでバテてしまい

おとうさんに

おんぶしてもらう

 

どれくらい振りだろう

 

そう思うと

なんだか

涙が出てきそうになるから

 

適当な話をして

紛らわせた

 

きっと

次は無いから

月曜日までに

できることをやっておきたい

 

この日が来ることを

ずっと

想定していたから

 

大方

準備はしてあるけど

どうしても

ここからじゃないと

できないこともある

 

 

 

 

 

ルーベンス⑤

わたしは

ボルドーの毛糸で

マフラーを編み

 

チョコチップの

いっぱい入った

クッキーを焼いて

 

ベタだけど

それくらいしか

思い当たらなくて

 

クリスマスカードを

しのばせて

 

ラッピングした

 

そして

終業式の日に

彼に渡したんだ

 

その時の

彼の笑顔が

不安なキモチを

拭ってくれた

 

帰宅すると

いもうとに驚かれた

 

"プレゼントは

貰わなかったの?"って

 

わたしは

充分満足してたから

気にしてなかったけど

 

いもうとは

途端に

機嫌が悪くなった

 

余った

チョコチップのクッキーを

頬張りながら

怒ってるので

 

可笑しくて

 

それに気づいて

かえって

プンプンしていた

 

夕方

玄関のチャイムが鳴り

出てみると

 

彼が

プレゼントした

マフラーをして

立っていた

 

わたしは

それを目にしただけで

うれしかった

 

彼の手から

キレイな水色の

封筒が手渡され

開けてみるよう

促される

 

中には

2枚のカードが入っている

 

1枚はクリスマスカード

もう1枚は

ルーベンスのポストカードだ

 

"今は連れて行けないけど

いつか

本物を観に行きたいね"

 

そう言うと

慌てて

彼は

行ってしまった

 

うれしくて

 

わたしは

しばらく

玄関で

ポストカードの

ルーベンスの絵を見ていた

 

その日から

このポストカードは

宝物になった

 

 

あの日から10年経ち

わたしの住む街に

見慣れた文字の

ポストカードが届いた

 

6月に

彼は結婚するという

 

良かった

ただ

素直にそう思った

 

カードの下に

目をやると

 

結びに

"ありがとう"って

記されていた

 

大好きだった

彼の笑顔が

浮かんだ

 

わたしこそ

"ありがとう"って

思っている

 

"あなたが

最初で最後の彼氏で

しあわせでした"

 

そんなキモチを込めて

 

宝物だった

あの日くれた

ルーベンスのポストカードに

 

"おめでとう!

末永くおしあわせに"

 

と記し

彼の下に返した

 

 

 

 

 

 

 

ルーベンス④

わたしの変化に

最初に気づいたのは

いもうとだった

 

今にも誰かに

話してしまいそうだから

必死に口止めした

 

"彼氏"ができてから

苦手なものが減っていった

 

例えば

駅前やバスの車内とか

人混みが苦手だったけど

彼と一緒だと

平気になった

 

以前だと

そういう場所にいる時は

ずっと

本を読み

音楽を聴いて

やり過ごしていたのに

 

その日を境に

人や建物の表情

空の色

風の匂い

その違いに

驚くほど気づく

 

少し顔を上げるだけで

私の世界に

奥行ができたみたいだ

 

あれほど

無機質に思えた毎日が

違って見えた

 

今考えると

恥ずかしいコトに

その歳まで

学校帰りの買食いなどを

したコトがなく

 

彼から

はじめて誘われた

宵祭り自体

行ったコトがなくて

どんな格好していけば良いか

 

ものすごく悩んで

制服で行こうとしたわたしを

いもうとに止められた

 

迎えに来た彼を

少し待たせて

浴衣で出かけた

 

緊張しすぎて

あまり覚えてないけど

彼がご馳走してくれたラムネは

今でも思い出す

 

季節が過ぎ

もう

街が師走のムードで

一層騒がしくなった頃

 

"クリスマスプレゼントは

何がいい?"って

聞かれたので

 

"フランダースの犬

ネロが観た

ベルギーの

アントウェルペン聖母大聖堂にある

ルーベンスの絵が見たい"と

 

到底

高校生が叶えられっこない

お願いを

イジワルに言ってみた

 

露骨に困り果てる彼に

私は慌てて

冗談だとお詫びした

 

 

 

 

 

 

 

 

ルーベンス③

普通って何?

 

いろんな本を読んだけど

解るのは

言葉の意味だけ

 

あるいは

漠然とした

概要

 

それでも

普通という言葉に

憧れている

 

わたしも

普通だったら

おかあさんに

愛してもらえたのかな

 

わからないけど

 

頑固なわたしに

毎日、毎日

懲りずに話しかけて

 

12歳になる頃には

彼とお話しするのは

普通になっていた

 

普通は

新鮮だった

楽しかった

 

どんな本より

ワクワクした

 

普通を

あたりまえにする

 

そんな彼の

思い詰めた顔を

初めて見た

17歳の6月

 

わたしは

告白された

 

彼を

認識した

あの日以来の

 

ドキドキだった