のらねこ③

楽しくて

ほぼ毎日弾いていたピアノだけが

からっぽの底から

顔を覗かせる

 

呑気なわたしは

見に行くことにした

 

随分長く来てない気がする

 

音が聞こえる

 

微かな音は

一歩一歩近づくたびに

はっきりした輪郭を

帯びてきて

 

それは

わたしの不安のようだ

 

あのピアノは

他の学生たちが

楽しそうに弾いている

 

もう

そこには

わたしの場所はなかった

 

休憩に使っていた

講堂の外れのベンチに腰掛けてみる

 

カラカラと聴こえた

枯葉の音だけは

ハッキリ覚えている

 

粒はあっという間に筋になる

 

独りだから

いっぱい泣いた

 

ひとしきり泣いたわたしは

きっと

酷い顔をしているだろうな

 

そんな風に思って

我に帰ると

 

"お月さん"が

いつもの場所で

コチラを見ていた

 

わたしは

驚きとバツの悪さに

動けないでいた

 

しばらくすると

"お月さん"は

3本の足を

しなやかにしずかに

踵を返し

どこかに言ってしまった

 

わたしは

まぶたの腫れがひくまで

暗くなり始めるまで

この場所から離れられなかった

 

"お月さん"の姿が

ずっと頭から離れない

 

からっぽのわたしの中から

離れない

 

でも

からっぽはからっぽのまま

日常の一部に取り込まれていく

何もなかったかのように

 

もう

あの場所に行くことも

なくなった